ボーナスステージ三軒茶屋

高田馬場から引っ越した後、大須観音からも引っ越しました。

キャッチ=22/狂気について

精神に破綻をきたした者は、自ら診断を願い出、狂気と診断されれば除隊できる。ただし、自ら己の狂気を認識できる者は、"狂人"とは呼ばれない

 ー アメリカ空軍軍規 第22項

 

よしむら君という友人のオススメでジョーゼフ・ヘラーの『キャッチ=22』を読みました。

https://www.amazon.co.jp/dp/4151200835/

自分はとても面白くこの本を読みましたが、よしむら君がオススメしてくれた理由は謎のままであり、もしかしたら彼としてはオススメしたわけではなく単純に「知ってますか?」程度のものだったのかも知れません。それぐらいこの本はよしむら君を想像させませんでした。

 

◆落とし穴

タイトルの「キャッチ=22」とは第二次世界大戦中のアメリカ軍規22項のことですが、転じて「堂々巡りをしてしまってどうしようもない状態」を指すこともあるそうです。軍規22項は精神異常による出撃の免除について定めた規定ですが、それがどのようにどうしようもないのかというと、以下の通りです。

 

『もしまた出撃に参加するようなら狂っているし、参加したがらないようなら正気だろうが、もし正気だとすればどうしても出撃に参加しなくてはならない。もし出撃に参加したらそれは気が狂っている証拠だから、出撃に参加する必要はない。ところが、出撃に参加したくないというなら、それは正気である証拠だから出撃に参加しなくてはならない。』(本文86頁より引用)

 

「オアは気が狂っているか」

「ああもちろんだとも」とダニーカ軍医は言った。

「あんたは彼の飛行勤務を免除できるか」

「できるとも。しかし、まず本人がおれに願い出なければならない。それも規則のうちなんだ」

「じゃ、なぜあいつはあんたに願い出ないんだ」

「それは、あの男が狂っているからさ」とダニーカ軍医は答えた。

(本文85頁より引用)

 

この、圧倒的どうしようもなさ!逃げ道であるはずの条項がもっとも兵士を縛るという、文学的搦め手とでもいうようなルール作成には感動しました。

登場人物が全員(上述の軍医でさえ)完全に狂っている上に、時系列やコミュニケーションの順番もバラバラに切り刻まれているため、読者は車酔いのような感覚を覚えながら読み進めるわけで、私もグラグラしながら読みました。

 

◆狂気とは何か?

この本の登場人物は全員狂っていますが、"狂っているとは何か"についてはきちんと考えないといけません。例えば上巻の最後の章は「市長マイロー」で、この人は戦時下に置いて兵役から逃れるために兵站の調達係を申し出るのですが、そのうちに利得に目がくらみはじめ、食料を暴利でふんだくったり、挙句自陣に爆撃をやらかしたりします。

パッと読むと完全にマイローは狂人ですが、マイローの言うことを冷静に読んでみると、この人の行いはあの、(経済学をかじった人には)罪深い「合理的経済人」と全く同様の振る舞いであることがわかります。もちろん合理的経済人は「完全に合理的かつ功利的だったら人間はこのようになるはずだ」と言う非実在のモデル的な存在なので、マイローが合理的経済人であるからと言って、狂っていないと言うことにはなりません。

しかし、後から出てきた行動経済学では、人間の感情や「なんとなく」が経済行動に影響を及ぼすとしており、これが行きすぎると意味のわからない消費行動を引き起こす「狂気」として扱われることになるわけで、そうなると一切の不合理や感情を排したマイローの行いはやはり「もっとも正気な経済感覚のもとで行われた行動」として考えても良いのでは?などと堂々巡りになり、結果として読者がキャッチ22状態になる、という感覚でした。